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徳島地方裁判所 昭和36年(行)4号 判決

原告 増田善一

被告 徳島県知事

訴訟代理人 大坪憲三 外二名

主文

一、売渡処分の無効確認を求める訴をいずれも却下する。

二、原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は、「被告が、別紙目録記載(1) の農地につき昭和二二年七月二日なした買収並びに売渡処分、同(2) の農地につき同年一〇月二日なした買収並びに売渡処分は、いずれも無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

「一、別紙目録記載(1) 及び(2) の農地はもと原告の所有であつたが、被告は、いずれも自作農創設特別措置法(自創法)に基き、(1) の農地につき、昭和二二年七月二日買収処分をした上、同日これを小作人山田貞助に売渡処分をし、また、(2) の農地につき、同年一〇月二日買収処分をした上、同日これを小作人岡久敏明に売渡処分をした。

二、しかし、右買収並びに売渡処分はいずれも無効である。すなわち、

(一)  自創法による買収並びに売渡処分は、同法第一条に定める「この法律は、耕作者の地位を安定し、その労働の成果を公正に享受きせるため自作農を急速かつ広汎に創設し、また、土地の農業上の利用を増進し、もつて農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を図ることを目的とする。」という精神に基いて行なわれたものであるから、売渡処分を受けた旧小作人は、当然、(イ)当該農地を耕作し、かつ、(ロ)単に耕作するのみでなく、より増産をはかり、さらに、(ハ)労働力を投資して当該農地で働くべき義務を負わされたものといわなければならない。もし、売渡処分を受けた者がこれらの義務を果さないとすれば、その者は売渡を受けた権利をみずから放棄したこととなるから、政府はその者から当該農地を買い戻すこととされていたのである。このことからみれば、売渡処分はもち論、その前提として行なわれた買収処分は、いずれも、当該売渡処分を受けた者が前記の義務を果さないことを解除条件とするものというべきであり、かつ、右解除条件は、農地調整法施行令第三条により、売渡処分後三〇年間存続するものとみなければならない。

(二)  ところで、本件(1) の農地の売渡処分を受けた山田貞助はその後死亡し、これを承継した相続人山田和助は、右農地を耕作すべき義務を放棄し、昭和三六年三月二日、農地法第五条の許可を得て、これを宅地に転用するため四国電力株式会社に売却し、多額の利益を得ている。また、(2) の農地の売渡処分を受けた岡久敏明も、当該農地を耕作する義務を無視し、農地法第五条の許可を得て、これを宅地に転用する目的で、高額で他人に売却している。

(三)  そうすると、本件各買収並びに売渡処分は、いずれも前記解除条件が成就したものというべく、従つて無効に帰したものといわなければならない。

三、そこで、右各処分の無効確認を求める。」と述べた。

被告は、主文と同旨の判決を求め、答弁として、

「一、本訴のうち、売渡処分の無効確認を求める部分は訴訟要件を具備しない。すなわち、原告は買収、売渡各処分の無効確認を求めるのであるが、売渡処分は買収処分の有効を前提としてなされるものであるから、買収処分の無効が宣言される場合には売渡処分も当然無効に帰するので、重ねて売渡処分の無効確認を求める利益はないことになる。一方、買収処分が有効で売渡処分が無効という場合は、有効な買収処分によつて農地所有権はいつたん国に帰属するので、原告はそれ以後の売渡処分の効力を論ずるにつき、正当当事者としての適格を欠くこととなる。

二、原告主張一、の事実は認める。本件買収処分はいずれも自創法第三条第一項第二号を買収原因とするものであり、また本件売渡処分はいずれも同法第一六条に基くものである。

三、原告主張二、(二)の事実は認める。岡久敏明は、昭和三六年五月一日農地法第五条の許可を得て、本件(2) の農地を是松日出生に売却したものであり、(1) (2) の農地とも、現在宅地に転用されている。

四、本件買収並びに売渡処分には、原告主張二、(一)のような解除条件は付されていない。このことは自創法の関係規定の趣旨からみて明らかである。ちなみに、創設地の転用、譲渡等は、自創法第二八条、農地調整法施行令第三条第二号等によつて禁止されていたが、現行農地法は右規制を解除し、同法第五条は、創設地についても転用相当の場合はこれを許可するとの建前をとつているのであり、本件各農地の転用はいずれも同条により許可されたものである。」と述べた。

理由

一、先ず本訴のうち、各売渡処分の無効確認を求める部分について原告がその利益を有するかどうかについて判断する。自創法による売渡処分は買収処分の有効なることを前提として行なわれるものであり、買収処分が無効であれば国は当該農地の所有権を取得しないから、これに続く売渡処分もまた当然無効となり、従つて、買収処分の無効を確認する判決が確定すれば、関係行政庁は売渡処分をも無効として扱わなければならない。また、買収処分が有効であれば国が当該農地の所有権を取得するから、これに続く売渡処分の有効無効は、被買収者である原告の権利または法律上の地位に何らの影響を与えるものではない。そうとすれば、被買収者である原告は、売渡処分の効力を争つて出訴する利益を有しないものというべきである。従つて、売渡処分の無効確認を求める原告の訴はいずれも不適法として却下すべきものである。

二、次に、各買収処分の無効確認を求める請求について判断する。

被告が、自創法に基き、(1) の農地につき昭和二二年七月二日(2) の農地につき同年一〇月二日、いずれも買収処分をし、原告主張のとおり、それぞれ小作人である山田貞助、岡久敏明に売渡処分をしたこと、その後、原告主張のとおり、(1) の農地は山田貞助の相続人山田和助から、(2) の農地は岡久敏明から、それぞれ農地法第五条の許可を得て、宅地に転用する目的で、第三者に売却されたことはいずれも当事者間に争いがない。

原告は、自創法による売渡処分を受けた者は当該農地を引き続いて耕作する義務を負うものであり、従つて、売渡処分の前提となつた買収処分は、売渡処分を受けた者が右義務を果さないことを解除条件とするとし、本件各買収処分はいずれも右解除条件成就により無効に帰した旨を主張する。なるほど、売渡処分は、これを受けた者が当該農地につき永く自作農として農業に精進することを期待し、その基礎を与える趣旨で行なわれたものであることは、自創法の立法目的からみて明らかであるから、その意味で、売渡処分を受けた者は当該農地を引き続き自作すべく義務(拘束という程度の意味で)づけられているといえないことはない。しかし、その者が右期待に反して自作をやめた場合、売渡処分並びにその前提たる買収処分の効力を当然に失なわせる趣旨とはとうてい解することはできないし、また、自創法ないしその関係法令のどこにもそのような趣旨に解すべき規定は存しない。このことは、例えば自創法第二八条には、農地売渡処分を受けた者またはその承継人が当該農地につき自作をやめようとする場合に、政府はその者に対し当該農地を買い取るべき、いわゆる政府先買権を規定しているが、同条の場合に、当初の売渡処分ないし買収処分が当然失効しないことを前提としていると解されることからみても明らかである。要するに、買収処分に原告主張のような解除条件が付されていたものとはいえない。

従つて、解除条件の成就を理由として本件各買収処分の効力を争う原告の請求は失当であり、これを棄却すべきものである。

三、以上の理由により、民事訴訟法第八九条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 丸山武夫松田延雄藤原達雄)

目録〈省略〉

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